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スポーツ競技の多くは、男子種目と女子種目があり、それぞれ分かれて勝敗を争います。それは男女の身体的特徴などの生物学的な差が、運動能力に影響することが明らかになっているからでもありますよね。
例えば、男性は女性に対して筋肉量の占める割合が高く、脂肪量の割合が低い。これを体の部位別に見ると、男性に対して女性は大腿部で約63%、下腿部では約75%、上肢及び体幹は約50%に相当します。
このような性差が運動能力にも直接的に影響を及ぼし、スポーツパフォーマンスの大きな差となって表れてきます。
他にも年齢差などたくさんの要因によってスポーツパフォーマンスの違いは生まれますが、今回は性差に着目し、そこから遺伝子とスポーツの関係について追っていきたいと思います。
この記事を読むメリット
- 男女の性差による運動能力の差を明らかにする
- スポーツパフォーマンスと遺伝は、どれほど関連するかが分かる
- 遺伝子レベルでの運動能力の限界を知り、好記録を目指す手立てを知る
性差を決める遺伝子と競技力の相関関係
まずはこちらの2つの表をご覧ください。男女の世界記録をまとめたものです。
陸上競技の世界記録(男子)
種目 | 世界記録 | 氏名 | 国名 |
---|---|---|---|
100m | 9秒58 | U.ボルト | ジャマイカ |
200m | 19秒19 | U.ボルト | ジャマイカ |
400m | 43秒03 | W.ファン・ニーケアク | 南アフリカ |
800m | 1分40秒91 | D.ルディシャ | ケニア |
1,500m | 3分26秒00 | H.エル・ゲルージ | モロッコ |
5,000m | 12分37秒35 | K.ベケレ | エチオピア |
10,000m | 26分17秒53 | K.ベケレ | エチオピア |
フルマラソン | 2時間01分39秒 | E.キプチョゲ | ケニア |
出典:月刊「陸上競技」2019年10月14日現在
陸上競技の世界記録(女子)
種目 | 世界記録 | 氏名 | 国名 |
---|---|---|---|
100m | 10秒49 | F.グリフィス・ジョイナー | アメリカ |
200m | 21秒34 | F.グリフィス・ジョイナー | アメリカ |
400m | 47秒60 | M.コッホ | 東ドイツ |
800m | 1分53秒28 | J.クラトフヴィロヴァ | チェコスロバキア |
1,500m | 3分50秒07 | G.ディババ | エチオピア |
5,000m | 14分11秒15 | T.ディババ | エチオピア |
10,000m | 29分17秒45 | A.アヤナ | エチオピア |
フルマラソン | 2時間14分04秒 | B.コスゲイ | ケニア |
出典:月刊「陸上競技」2019年10月14日現在
さて、どのようにご覧になりましたでしょうか?
一般的な認識の通り、男子の方が世界記録が良いですよね。
しかし、今回着目したいのは、世界記録の男女の性差がどのくらいあるか?についてです。
世界記録から見る男女の性差
実は、100mスプリントの短距離走からフルマラソンの長距離走まで、おおよそ当てはまる「ある法則」が見つかっています。
気になる方は、ぜひ「女性の世界記録 ÷ 男性の世界記録」を計算してみてください。
その結果を、次の表にまとめました。
種目 | 世界記録の性差(女性÷男性) |
---|---|
100m | 1.094 |
200m | 1.112 |
400m | 1.106 |
800m | 1.122 |
1,500m | 1.116 |
5,000m | 1.123 |
10,000m | 1.114 |
フルマラソン | 1.107 |
いかがでしょうか?
なんとどの種目も、女性の世界記録は、男性の世界記録の約1.1倍に当たるのです。
世界記録は、日々過酷なトレーニングを積み重ねた世界中のアスリートが、大舞台で凌ぎを削って突き詰めた結果と言えます。
言い換えると、人間の身体上の限界ということができるのではないでしょうか?その性差が、おしなべて約1.1倍になるのは非常に興味深い結果だと思います。
ちなみに、この傾向は日本記録を元にしても同じ結果が得られます。
陸上競技の日本記録(男女)
種目 | 日本記録(男子) | 男子名 | 日本記録(女子) | 女子名 | 性差 |
---|---|---|---|---|---|
100m | 9秒97 | サニブラウン・A・ハキーム | 11秒21 | 福島 千里 | 1.124 |
200m | 20秒03 | 末續 慎吾 | 22秒88 | 福島 千里 | 1.142 |
400m | 44秒78 | 高野 進 | 51秒75 | 丹野 麻美 | 1.158 |
800m | 1分45秒75 | 川元 奨 | 2分00秒45 | 杉森 美保 | 1.139 |
1,500m | 3分37秒42 | 小林 史和 | 4分07秒86 | 小林 祐梨子 | 1.140 |
5,000m | 13分08秒40 | 大迫 傑 | 14分53秒22 | 福士 加代子 | 1.132 |
10,000m | 27分29秒69 | 村山 紘太 | 30分48秒89 | 渋井 陽子 | 1.120 |
フルマラソン | 2時間05分50秒 | 大迫 傑 | 2時間19分12秒 | 野口 みずき | 1.106 |
出典:月刊「陸上競技」2019年12月31日現在
アスリートにおける競技力の遺伝率
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 スポーツ健康医科学研究所 先任准教授 福典之先生によると、「“運動能力の66%は遺伝要因で決まる”という研究成果が報告された」と言います。
先程考察した男女の性差は、遺伝子による要因なので、この66%の一つです。
この割合を大きいと捉えるか、少ないと考えるか、アスリート自身や取り組んでいる競技によって解釈が異なると思います。
例えば、筋繊維を決定するαアクチニン3遺伝子(ACTN3)を例にみていきましょう。
αアクチニン3遺伝子の影響が大きいスポーツ例
100mなど短距離のスプリント競技は、遺伝子レベルでの解明が進んでいます。
その代表例が、αアクチニン3遺伝子。この遺伝子は、RR型(パワー型)、RX型(バランス型)、XX型(持久型)の3種類があります。これは速筋・遅筋と言われる筋肉のタイプが、生れながらにどのような割合で体を作られているかを示す遺伝子です。
RR型(パワー型)とRX型(バランス型)を持つ人は瞬発系の能力に優れ、スプリント競技に適正があります。瞬発型の筋繊維は速筋と呼ばれ、糖質をエネルギー源に無酸素運動に非常に適した筋肉だからです。
しかし、XX型(持久型)は、遅筋という脂質をエネルギー源として優先的に使用する筋繊維となります。酸素を使ってエネルギー代謝を行うため、瞬発力が必要な運動には向いていません。そのため、どんなにトレーニングを積んでも100mを10秒4~5という記録が限界では!?というデータがあります。
αアクチニン3遺伝子の影響が少ないスポーツ例
一方、ボウリングは男女混合で試合を行うこともあるほど、男女差が少ない競技です。
プロが使用するボールは、男子でだいたい16ポンド、女子でも15ポンド。筋力を使いピンをなぎ倒すのではなく、レーンのオイルコンディションや投球したボールの軌道を試合中でも絶えず読み取り、刻々と変わるコンディションに合わせて、どんな状況でもストライクを取る再現性のスポーツだからです。
αアクチニン3遺伝子の影響は少なくても、頭を使うスポーツですので、もの忘れなど脳機能に関する遺伝子(BDNF)や、体内時計周期に関係し睡眠の質に関わる遺伝子(PER3)の重要性が大きいと言えますね。
遺伝子以外のスポーツパフォーマンス要因
運動能力と遺伝子は、どこまで影響するのか?の問いに、約66%あると紹介しましたが、残りの34%は後天的な影響。つまり、環境・生活起因やトレーニング起因によるものとなります。
これまでもアスリートトレーニングに関する研究がされてきましたが、この34%がすべて解き明かされたわけではありません。まだ解明されていない分だけ、世界記録が伸びる可能性があるのでは!?という見方もできます。
現に2018年には、筋損傷のリスクに関連する遺伝要因が解明され、怪我予防、受傷歴、既往歴との関連が新たに注目されてきています。
いかに怪我を予防し、意図して高いパフォーマンスを維持できるか?
長期継続的なパフォーマンス=生涯パフォーマンスの発揮が求められる時代がやってくるでしょう。
遺伝要因と環境要因の関連性
このように先天的な遺伝子情報と後天的なトレーニングに関する手法が、お互いに関連性を持ち、アスリート個々の体質にあった練習プログラムの組立てが大切になるのではないでしょうか。
爪から広がるスポーツコンディションの未来
今後研究が進むと、ますます34%の未解明の分野が解明されていくでしょう。
その未解明分野の一つに「爪」が挙げられます。
爪は、医療の世界でもまだ解明されていないことが多く、スポーツパフォーマンスへの応用が期待される分野です。
例えば…
遺伝子分析によって、アスリート自身の特徴を知る
↓
特徴に合わせたトレーニングプログラム(筋力・栄養・睡眠)を組み立てる
↓
トレーニングプログラムの負荷に合わせた、爪のメンテナンスをプランニングする
↓
実践を通して、スポーツ傷害の予防に役立てる
↓
長期継続的な生涯パフォーマンスの向上を目指す
「爪はコンディションの窓」です。
体の不調は爪に現れ、爪のトラブルは、スポーツ傷害を誘発します。
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スポーツ傷害予防を切り口に、総合的なトレーニングプログラムを適切に回していくことが重要だとアスリートサロンは考えます。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
- スポーツパフォーマンスの男女の性差は、約1.1倍
- 運動能力の遺伝要因は約66%、環境要因は34%
- スポーツトレーニングのトレンドは、怪我の予防
- 先天性と後天性が互いに関連性を持ったトレーニングプログラムが求められる時代が来る
アスリートにとって、遺伝子分析で自身の情報を知ることは、リスクを把握しコンディションを管理する上で、最も必要な情報と言えます。
アスリートが怪我なく長く活躍することは、自身の目標に向かって挑戦し続けることと、楽しみにしているファンの期待に応えることに繋がります。
遺伝子分析は、これからも研究が進み、より高精度で適正競技を判断できる未来が来るでしょう。その時に一人でも多くの子供たちがスポーツを楽しめるよう、今できるトレーニング法のノウハウと蓄積を重ね、次世代に伝えていきたいものですね。
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